日本の文化が育ったシェアハウスここにあり。トキワ荘

tokiwa

漫画があれば、きっと日本はもっと明るくなるはずーーー。

今から、およそ60年も前のこと。日本のシェア史があるならば、それを語る上で外せない伝説のシェアハウスがある。「トキワ荘」だ。

トキワ荘は、東京都豊島区南長崎三丁目(住居表示16番6号、完成当時の住所表記は豊島区椎名町五丁目2253番地)に1952年から1982年にかけて存在した木造アパートである。

当時の売れっ子漫画家であった手塚治虫が住み始めて、全国から漫画家を目指す若者たちが集まり、寝食をともにしていたことでも有名なシェアハウス。

(出典): Wikipedia – トキワ荘

実は、偶然にも私も落合南長崎でルームシェアをしていたことがあります。一緒に過ごした仲間は、今でもそれぞれの業界で頑張っているかげかえのない人たちになっていたりも。トキワ荘は、1952年から1982年にかけて漫画家たちを支えてきており、知らない人がいないような漫画家たちがここに立ち並んでいる。

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それでは、日本一夢が詰め込まれたトキワ荘に住んでいたメンバーを紹介していきましょう。

手塚治虫

1928年 – 1989年
マンガの神様。トキワ荘で暮らすことになる住人の多くが手塚治虫に憧れて、書き始めたものも多いといわれています。代表作は『鉄腕アトム』、『ジャングル大帝』ほか

寺田ヒロオ

1931年 – 1992年
トキワ荘のリーダー格。トキワ荘からは「テラさん」の愛称で親しまれてきたといわれています。代表作は『背番号0』、『暗闇五段』ほか

藤子・F・不二雄

1933年 – 1996年
今もなお子供たちに愛されているようなキャラクターを数多く発表。代表作は『ドラえもん』、『パーマン』ほか

藤子不二雄A

1934年 –
藤子・F・不二雄とコンビを組み、「オバケのQ太郎」を発表。その作品は時代を超えて愛されています。代表作は『忍者ハットリくん』、『笑ゥせぇるすまん』ほか

鈴木伸一

1933年 –
藤子不二雄の書いた漫画キャラクター「小池さん」のモデルとなった人物。代表作は『ぼくらマンガ家トキワ荘物語』(監督)ほか

森安なおや

1934年 – 1999年
トキワ荘では、奇妙な暮らしぶりで「なぜか憎めない」愛されキャラとして過ごしていたといわれています。代表作は『赤い自転車』、『鳥城物語』ほか

石ノ森章太郎

1938年 – 1998年
男子が絶対に憧れるヒーローを次々と描いた、生みの親。代表作は『仮面ライダー』、『サイボーグ009』ほか

赤塚不二夫

1935年 – 2008年
日本を漫画から笑わしてくれた、喜劇作品の親。代表作は『おそ松くん』、『天才バカボン』ほか

水野英子

1939年 –
女性の手塚治虫とも呼ばれ、少女漫画の礎を築いた天才。代表作は『白いトロイカ』、『ハニーハニーのすてきな冒険』

よこたとくお

1936年 –
少年少女の多数の雑誌にギャグ漫画を掲載した、トキワ荘でもコミュニティ作りに尽力したんだとか。代表作は『マーガレットちゃん』、『電気のひみつ』ほか

言うなれば、当時トキワ荘に出入りしていたメンバーはクレイジーな人たちだった。戦後、日本で高度経済成長を背景に、戦争へ行かないやつから、働かないやつが非国民と変わり、どうしても漫画を書く行為そのものが世間的には好ましく思われていなかった。

思いっきり夢を語れるのは、トキワ荘しかなかった。この話は映画化もされ、20世紀最大の漫画家シェアハウスとして、今も語り継がれています。もしかしたら、次にあなたが暮らすシェアハウスも、そんなシェアハウスになるかもしれませんね。

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