ファイトクラブの「シェアリングエコノミー」

この記事は「SHARE<共有>からビジネスを生み出す新戦略」の一節に基づきながら、掲載されています。

ファイトクラブ見ましたか?1999年、消費社会の真っ最中。デヴィッドフィンチャーの大作で、あのブラッドピットがカッコイイ…だけではない映画なのですが。この映画の主人公、タイラーとジャックの二人は、その消費主義における対極なコントラストの象徴となっています。それはちょうど、エーリッヒ・フロムの有名な言葉「人生の目的は持つことか、存在することか」に集約されます。

エドワードノートン演じるジャックは、モノを手に入れることによってのみ欲を満たすことができる消費社会の一般市民に投影することができる典型となってきます。彼というのは、カタログを捲るたびに、そのダイニングセットが自分という人間をいかに表現するかを想像するような、常にモノに投影することでしか自分を表現することはできないと考えています。

こっから先に出会う、ブラッドピット演じるタイラーと出会い、ジャックは少しずつ価値観を揺さぶられていきます。タイラーは一貫して、消費社会に一石を投じ続けます。そんな彼の言葉に気づかされたのは、きっとジャックだけではないはずです。そんなタイラーによる大量消費社会に牙をむく言葉たちを今回は紹介していきたいと思います。

fightclub

You are not your job, you’re not how much money you have in the bank. You are not the car you drive. You’re not the contents of your wallet. You are not your fucking khakis. You are all singing, all dancing crap of the world.

職業がお前の姿ではない。銀行の貯金がいくらかなんて関係無い。お前が乗ってる車でも、財布の中身でもない。ましてやクソッタレな軍服なんかでもない。お前らは歌って踊るだけのこの世のクズだ

今の日本社会にもある意味、響く言葉なのかもしれません。どうしても、建前や、持ち物で人を判断しまいがちな風潮はまだ抜けていませんね。

Things you own end up owning you

所有していたと思っていたものに、いつしか保有されてるのさ。

ブランドもののファッションばかり身につけてしまうと、いつしかブランドの名前で呼ばれるようになるかもしれませんし、会社の名前で呼ばれてしまっている社会人の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

We buy things we don’t need with money, we don’t have to impress people we don’t like

金を使って、必要のないモノを誰かから買っている。しかし、好きでもない彼らから気に入られる必要はない

金を使って、モノを身につけることが自分の欲を満たすことではなく、誰かに見られることを満たす欲であるとするならば、そこに価値はありませんね。

We’re consumers. We are the by products of a lifestyle obsession.

俺達は作られたライフスタイルの中で生きる消費の奴隷だ。

まさに、消費社会に対して苦言を申し立てる一言。タイラーのあらゆる言葉が突き刺さってきますね。かっこいい。。。

消費社会に一矢報いていいたかったのは、モノへの執着ではなく、自分自身に対する執着に貪欲になれということだったんですね。シェアリングエコノミーでは、「誰とシェア」しているってことがブランドになったりもしちゃうのでしょうか。それはそれで、おもしろいのかも。

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